父のことー続き あれから

 あれから、だいぶたっだな。続きは、やはりNew Yorkにいるときぐらいしかかけない。

 それで、父なんだげど、今、だいぶ、体調悪くなってきた。いよいよ、残された時間が、最終ラウンドにはいってきたなという感じがする。
 どう?って体調のこと聞いたら、あんまりよくないな。。しんどい。体全体がだるいっていう。
 つらい。。。身体一生懸命さする。足裏マッサージする。思いつくあらゆることを、毎日少しずつ時間をつくって、病院に通う毎日になってきた。
 今、一週間だけ、New Yorkにかえってきた。でも、父のことを思うときがきではない。早く飛んで帰りたい!ずーっと側にいたい。そして、おもいきり看病したい。

 どこまで書いたか、、、、、そうそう、両親が、New Yorkの私に会いに来るとこまでは、書いたかな。あれ何年まえになるのかな。もう、十何年も前のことになる。懐かしいな。。。
 初めて、両親が二人で、パスポートとって、New Yorkの私に会いに来た。友達へのお土産もいっぱい持って。
 二人がついたのは、 だーいぶ前だったが、私が、二人がどこについたのか見つけられず、二人は、待ちくだびれ、疲れはてていた。サンフランシスコで乗り換えて、国内線になっていたのを、私が、気づかずに、国際線ばかり探していたから、見つけられなかった。
 でも、二人は、私に見つけられるまで、ずーっとそこを動かず、何時間も何時間も待ってくれていた。英語もしゃべれないし、そうするしかなかったようだ。
 かわいそうなことをしたが、再会は、わたしに対する、父の怒りから始まったが、何故か、直ぐにおさまった。
 この両親が私に会いに来てくれた事件を境に私たちの関係は、大きく変わっていった。

 この事は、人にも話した事があるが、ずーっと受けていたカウンセラーを囲んで、家族カウンセリングを受けたのが、大きかった。3週間いた滞在期間中3回行った。最初の2回は、母と二人で。3回目にやっと父と一緒に3人で受ける事ができた。
 この3回目のカウンセリングが、あって本当に良かった。3回目は、お父さんに喋ってもらいましょうとカウンセラーが話をふり、父は、口を開いた。
 父はずっと、カウンセリングに行くと自分が責められるんじゃないかと思い込んでいたようだ。けれど、それは、全然違う。父の勝手な思い込み。
 口を開いた父の話は、お爺ちゃんとの舅と婿の話だった。本当にかなりのストレスだったようで、父は、私の生まれる前に一度、父の実家に帰った事があるようだ!!!そんな、話、その時まで全然知らんかった。その時、帰ったきりかえって来なかったら、私は、生まれてなかった。一番上の、ネーチャンだけか。。。。。そいでもって、田舎のお爺ちゃんとおばあちゃんとこから、離れ、都会の新世界あたり、つまり、父の生まれ故郷で、やり直ししたらしい。
 この話に、私は、びっくりたまげた。
 二番目のネーちゃんは、大阪市内育ちか。。。
そして、じーさん、ばーさんが歳いって畑でけへんようになったので、また、田舎に戻り、私が産まれたみたい。
 でも、おじーちゃんとの関係は良くなるわけでもなく、また、ストレスの日々が始まったらしいが、一緒に共同作業で野良仕事する事なくなったらしいので、前よりましだったのかな。。。
 だけど、私の小さいころ、父は、いつも、胃潰瘍を患っていて、入退院を繰り返していたので、多分身体に来るぐらい関係まずかったと思う。
 今だから、分かる事なんだけど、お爺ちゃんが、死んでから、お父さんの胃潰瘍は、ピタッと治った。
 私は、お爺ちゃんとお父さんが、仲悪そうにしてたら、いつもお爺ちゃんについていた。
 訳の分かってない子供なのになんで、お爺ちゃんだったんだろう?お爺ちゃんの方が、正しい感じがした。これってなんだろう?いや、子供ながら、お父さんが、子供に見えた。
 それと、なんか、ヘラヘラして、人を笑かす冗談ばっかりいって、どっかで、子供ながらにこの人をバカにしていたと思う。
 ところが、この家族カウンセリング受けて分かった事だが、家の中で、決定権もない父ができる事は、3枚目になって周りを笑かす事しか出来なかったようだ。
 そういう父を、本気でバカにするなんて、なんて失礼な子だったんだろう。
 私が、ダジャレとか好きなのも、父譲りかもしれない。落語とか聞くの好きだったし。

それから、私は、父という人の見方がガラーッと180度変わった。
なんて、辛抱強い人なんだろうって。うちの両親は、二人とも本当に辛抱強い人たちだ。そこの部分は、凄く尊敬している。
 つい最近までは、会いに行くたびに、満面の笑みを浮かべて、私を迎えてくれる父だった。私は、その父の笑顔を見るたびに、ほんわかした気持ちになり、救われた。
 でも今は、その父にあの笑顔がなかなか戻らない。しんどいんだ。体調悪いんだ。
 父は、自分でも、とても、健康に気を使う人で、今まで、3回癌の宣告を受け、2回手術した、そしてその度に、玄米のおかゆを自分で炊き、黒豆や、ひじきを入れて、自然食療法で読んだ食事療法をやっていた。家の中で、ひとり、自分で自分の食べる分をつくって食べていた。他の人の分もつくって。なんと、フェミニストなことか。
 私は、少しも偉そうにする事がなかった、父を尊敬している。この人の娘に生まれてきてよかったなって、心から思う。
 どうか、1日でも、長生きしてほしい。残された父との時間ー大事にするぞー!!!!!!
 
 
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by Swingmasa | 2016-01-04 18:14 | アイデンティティ