あれから

 またずーいぶん長い事ブログにログインしなかったが、ひとつ前の記事をみたら、杉山兄弟猫の子孫写真がアップされてあった。こんなにちっちゃかったなんて。。。今は、もっと大きくなって、ちょっと大人猫の顔になってかわいげなくなってきたな。。こーんな可愛かったなんて、本人にみせてやりたいな。お前達こんなかわいかったんだよ〜って。本当にまだ、小さくて、乳離れしてなくて、お乳から、スタートしたもんな。。すごーい大きくなったもんだ!なーんか目細めて、だーいぶ違うなーあの頃と。。
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by swingmasa | 2014-09-28 19:03 | あれから

オカメインコ、マーちゃんを探してます

 やはり、捜索範囲を広げて探す事にする。
 一ヶ月、3ヶ月たって戻って来たケースがあるという。
 保護してもらえてたら、きっと帰ってくると思う。マーちゃん元気だったので、カラスとかにやられてるようには思えない。どうか、誰かに保護されてますよう祈る。その人と私が人力でつながるかどうかだと思う。帰ってくるものと信じて、新しい、大きめのケージを買った。
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2ヶ月程前、別のオカメインコが、私んちに迷い込んで来たのを、ネットバンドのI君が見つけ、ケージと餌を買ってかわいがってたら、飼い主が見つかり、其の人たちの所に帰って行ったのだから、我がマーちゃんだって、保護してくれた人につながって行くのではないかと思うのだが、甘いかしら。
 誰かの知り合いは誰かの知り合いダッタリして、ぐるりと回って、つながったらいいな。
 駄目元で、もう少し、頑張ってみる。
 もし、帰ってこなくても、元気でやってる事がわかったら、それだけでもいいのだけれど。
 保護してくれた人が、すんなり返してくれないこともあるような気がする。。。
 マーちゃん甘え上手だから、誰にでもかわいがられるように思う。保護してくれた人は、自然と情がわいてくる。かやしてくれというのは、其の情を断ち切ってくれと言ってるのと同じだから。
 マーちゃんが行く先々で、マーちゃんをめぐって新しいストーリーが展開されている。
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by swingmasa | 2013-06-16 14:55 | あれから

オカメインコ探してます!2

 マーちゃんがいなくなってから、もう10日経つ。まだ、思いつく所、全部まわれてない。動物病院の鳥も扱ってるところ、この地域であと、2件ある。それから、小学校と中学校。
 生きているなら、きっと人に保護されてるはずだ。私が探している事が、伝わってないだけだ。一ヶ月もたってから、見つかったという話もあるから、諦めるのはまだ早い。探し続ければ、それだけ再会する確率は高くなって行くような気がする。やめたら、そこで終わりだ。
 とことん、気の済むまで、探してみよう。河南町の広報とか載せてくれないかな。。だって、いつもこんなことどうでもいいやんかと思うようなことまで乗ってる事あるもんな。
 載せてほしい。回覧板で回してもらえないだろうか?
 少なくとも、学校は行こう。もっと、印刷屋に頼んで、大量に刷ろうかしら。。それとも、ラミネートでポスター作るのがいいかしら。だんだん本格的になって来た。
 どうか、マーちゃん、私の所にかえってきて!
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by swingmasa | 2013-06-03 23:42 | あれから

むかつくMTA

 昨日、MTAのHPで34stのペンステーションに511のofficeらしきものがあるのというので、行ってみたら、ここは、MTAと違うと言われ、511って書いてあったのに,しかも、メトロカード失った事を言ってポリスに聞いて、行ったのに,本当にたらい回しが,洗濯機みたいになってきた。
 しんどくなってきた。こんなふうにあきらめさせられるのは,もっと悔しい。でまたブースに行っタラ、ちょうど、ラッシュアワーで急がしそうで,順番待っても取り合ってもらえそうになかったから、先にヨガのクラス受けた。
 今度は、オフタイムだったので、いけると思い、ブースに行ったら、何やら、封筒をくれた。その中のものを読むと何かしら、リファンドしてもらえそうな感じだ。早くこれをくれよ!
 なんで、こうもそれぞれが違う対応するんだよ!一人一人、言う事が全然違うやん!
 ま、これを読むと、やはり、昨日かけた718-330-1234にまず電話しんとあかんみたい。
 
 で、今日、又電話した。30分待ってやっとでた!
 レシート用意してたので、シリアルナンバー言って、クレジットカードナンバー言って、キャンセルまでこぎ着けようとしたが、日割り計算されて、1日3,47ドルずつ引かれ、結局、受け付けた今日になってしまった!
 76ドル程,返ってくることになった。が,私は、12日に買って、14日失ったか盗られたか、とにかく気がついて、地下鉄のブースの人に言ってるのに、この間のたらい回し分、慰謝料欲しいぐらいだのに。
 しかし、これで、一応一見落着!もう,この事で、電話かけたりいかんでいいようになったのでほっとした!
 しかし、この事は、しっかり、人に伝え、広めたい。腹が立つので。
 マキちゃんの件は,もっと腹が立つ!許せん!
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by swingmasa | 2012-01-20 03:16 | あれから

まだ続きがあった!最悪!!!

それから,この先のブログを書き終わって,さて,出かけようとしたところ,ドアが開かない。押しても引いてもうんともすんとも動かない。内側からのロックは全て解除してあるので,開くはずなのに開かない。隙間から見ると,ドアのノブで動くはずのものが動いていない。力ずくでやったら,ドアのノブのねじがつぶれたのか,くるくる回って動かない。とにかく,動かないのだ。
 落ち着いてたが,だんだん焦ってきた。それで,物差しを間にはさんで動かそうとしたが,これも駄目。いよいよロックスミスかなと思いきや,ふと,近所のみさおさんが合鍵をもっているのを思い出した。原因は多分,あのペンキ屋達が,オートロックの方にノブをスイッチして出て行ったのだ。
 その後,どんなおそろしい事が起こってるか,知りもしないで。
 それから,ロックスミスに電話かける前に,みさおさんに電話してみた。運良くみさおさんは帰ってきてて,すぐに来てもらった。
 ドアが開かない事に気づいてから,みさおさんが来てくれるまで,一時間か,一時間半ぐらいだったか,スンゴーク長く感じた。
 私の勘が的中し,やはり,オートロックにしてあったのだ。
 しかし,最初はみさおさんに開けてもらっても,うまくいかなかった。ノブがぐるぐる回った状態だった。そいで,みさおさんに向こうからノブをもっていてもらって,ねじを締めた。
 そして,もう一度,ノブをもらった。そしたら,開いた。
 あーよかった。
 これで,駄目なら,ロックスミスかなと思ったが,開いた,開いた!!!
 危うく、なん百ドルもいるところだった。おまけに,つぶされると思うから,新たに新しいのをつけないといけないし。あーよかった。
 しかし,みさおさんがいてくれなかったら,どうなってた事やら。

 メチャ,ヤバかった。ほんまにヒヤヒヤする。
 みさおさんを思い出す前に,スーパーに何度もBeepしたが,全く出なかった。

 問題なかったから,いいものの,なんかあったら,どなしてくれんねん!!!

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by swingmasa | 2011-01-29 15:10 | あれから

永田洋子さんが危篤状態

 この情報を聞いて、以前から、調子が悪いと薄々、聞いていたので、実はよくない情報を知るのが、怖くてその後どうなのか、聞けなかった。
 私は、永田さんと面会した事がある。確定する前は、文通もしていた。
 世間のマスコミが報道しているような、ガセネタの血も涙もない人じゃない。
 血も涙もしっかりある人だ。いったいこの人の何処にあんな激しい事件に巻き込まれていく素質があったんだろうと思わせるような、穏やかで、やさしい、人をおもいやることのできる誠実な人だった。とてもまじめな人だった。責任感も強そうな人だった。
 多分、だからこそ、あの連赤事件に巻き込み、巻き込まれていったのだと思う。
 マスコミは、あの事件の首謀者として永田さんが、えげつない人でないと、つじつまが合わないので、そうマツリアゲているだけなのだと、永田さんと話して、そう思った。
 世間の噂になっている人格とは、おおよそ真反対の本当に丁寧な、誠実な素朴なひとだった。こんな飾り気のない人とやさしい人ともうしばらく文通していたいと思ったが、私が知りあったのは、確定直前だったので、まもなく、文通は出来なくなった。
 面会していたのは、New Yorkに来る前だから、23、4年前。
 私が、New YorkへJazz 修行いく事を伝えたら、獄中から、激励の手紙とカンパをくださった。忘れられない。
 しかし当時から、体調は優れず、獄中の処遇もよくないので、尿療法などを試していらっしゃったのを覚えている。タダでさえ、獄中は精神的にも打ちのめされる事が多いと思うが、多分、今回もまともな治療を受けていらっしゃらないのではないかと何もできない自分を歯がゆく思う。
 私が彼女に出来る事は何だろう。せめて、私が知っている本当の彼女の印象を伝えていきたい。実際、私が面会して知っている素顔の彼女は、とても誠実で責任感のあるやさしい人だということだ。
 ならば、なんであの事件が起こったのか?それは、私には、解らない。私は、自分が革命家になんかなろうと思った事もないし、そういう事が実際に起こると信じた事も一回もない。私の青春時代は、そういう一連の学生運動やらがもり沈んだ頃だったので。
 ただ、あの事件は、革命を信じていた人たちが、それを実行しようと集まってきた人たちの間で起こった一首独特の非常事態の中で起こった異常な出来事だ。決して、永田さんが、一人一人の命を軽んじて殺めたのではないことは明白である。獄中記を読めば解る。
 それでも、人殺しは人殺しだ。してはいけない事だ。しかし、同じ人殺しの中でも、死刑制度と戦争は、これ以上に残虐だと思う。そんな残虐な事をしている国家が、永田さんの事件を裁けるのかと思う。
 永田さんは、一人一人の自分が殺めた人々の命の尊厳とその墓標と共に今まで生きてこられた。
 しかし、死刑制度と戦争はどうだ。この人殺しは、殺しを国家が正当化し、殺す一人一人の生き様、人生、命の尊厳を思いやることはない。
 これほど、命の尊厳をしっかりと受け止め、その墓標とおもに生きた、永田さんを世間は、これ以上痛めつけないでほしい。

 ああ、許されるなら、永田さんのそばに行って、体のしんどいところをさすってあげたい。痛いところに手を振れて、愉気してあげたい。

 私は、死刑制度に断固として反対です。
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by swingmasa | 2008-10-13 17:03 | あれから

体調その後

 最近は、何となくいいんじゃないかという感じになってきた。やっとだ。ヨガも行けるくらい、良くなってきた。こちらでも、鍼灸治療を受けている。これも、きいている。藤井寺の伊藤先生ほどでは無いが、まあ、まあ、聞いてるんだろう。最悪な感じは、どうやら、抜けてきた気がする。やはり、体調が回復すると、少し、何でもやる気がわいてくるというもんだ。調子悪かった時は、本当に、何もする気になれなくて、しんどかったが、だいぶ、笑えるようにもなってきた。
 この調子で、今の体調を大事に育てていこうと思う。
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by swingmasa | 2008-04-10 16:19 | あれから

扁桃腺の腫れ

なおりそうな、気配だったのに、又ぶり返し、昨日、ようやく、医者の行って来た。予想どうり、抗生物質と解熱剤を処方され、それをのんだら、急に、症状が、治まって来た。普段、薬を飲んでないので、めちゃよくきいた。
 御陰さんで、だいぶ楽になった。
 そこのクリニックは、鍼灸もやっているので、ついでに、受けたいと、いったら、そっちにまわしてもらえた。それで、いろいろ、針も指圧も受け、肩の凝りは、だいぶ、ほぐれた。こっちの方が、本当の治療してくれたって感じだ。
 取りあえず、峠は越えて、これからは、どんどん、よくなる予定。
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by swingmasa | 2008-01-27 11:01 | あれから

玄骨ソロライブを終えて

 昨日は、モハメットの顔がやたら、脳裏に浮かんきた。その顔は、いつものように、私に微笑みかけてくれていた。顔の印象が、とてもハンサムで、いい男に映っていた。 今まであった、いろんな思い出が、次から次へと浮かんで来て、これからも、づっと続いて行くような錯覚をしていた。
人間は、いつか、必ず死ぬのだということを、私は忘れていた。
 今日の演奏の最中も、ずっと、モハメットが、頭の中に浮かんでいた。私は、まぶたに浮かんだその彼に、語りかけながら吹いた。New YorkのEast Village 住んでいたモハメッドからは、縁遠い、大阪は狭山の地ではあるけれど、今夜の演奏は彼に捧げようと決めた。
 私のできる、唯一の弔い方法だ。
 聞いてくれる人も、モハメッドと言われても、知らない人ばかりだが、私の世話になった人と言うだということで追悼の思いを吹かせてもらった。
 居合わせた人には、何の関係もないことかもしれないが、私の気持ちが、今日は、そこからしか始められなかった。
 演奏が、終わっても、まだ、気分が沈んだまんまで、このしんどい気分を、どんなふうにして、やり過ごしたらいいのかわからない。
 モハメッドに会いたい。
 叶わぬ思いをどうしたらいいかわからない。

今日のライブは、なんだか変だった。いつもの私らしくなく、こんな、気分の沈んだライブをしたのは、初めてなように思う。
 それでも、お客さんは、暖かい人たちばかりで、ありがたかった。

 モハメッドに届いただろうか?

何故か、大阪の南河内にいるのに、身近にモハメッドが来てくれているような気がしてしかたがない。そして、最後に会えなかった事や、もう会えなくなった事を思うと、涙がばかりがでてくる。
 本当にこのままずっと、会えなくなったまま、人生が通り過ぎて行くのだろうか。
 いつか、そのことを、心が、納得するときがくるのだろうか。
 思い出が、つらくなくなるときがくるのだろうか?

まだ、「モハメッドの冥福を祈ります」と言えない。受け入れられない。
逝かないでほしかった。
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by swingmasa | 2007-11-23 02:05 | あれから

若かりし日々

 今、Village Vangurdで Barry Harrisがやっている。
 今日か、明日には、聞きにいこうと思ってる。
Barryに初めて会ったのは、もう、20年程も前の事。 Tommy Turrentineに紹介されたのが初めてだった。そのころ、ポートオーソリティーのバスターミナルで、トミーとバリーは、ばったり会った。私たちがなんで、バスターミナルにいたのか覚えてないが、バリーは確か、フィラデルフィアに演奏に行くところだった。簡単にSaxophone Playerだとしょうかいしてもらった。が、しかし、このとき、私は、バリーハリスがどんな人だか、全然知らなかった。
 それから、だいぶ経って、私は、バリーハリスのコンサートにトミーがトランペットで入るという話をきいた。ところが、リハーサルのときに、トミーがアルコールを飲んで、出来上がっていて、バリーにからみ、それが原因で、首になった事を聞いた。私は、その後のトミーを知っているが、なにも、落ち込んでいる様子はなく、相変わらず、お酒でご機嫌に、友達と、グビになった事をネタに笑っていたのを覚えている。しかし、多分、自業自得とはいえ、笑い飛ばすしかなかったのではないかと思う。そのころの、トミーは、ゲームのように、どんどん、転げ落ちて行く、自分の人生を、笑い飛ばすしかなかったのではないかと思う。
 なんで、ここまで、弟とは違う、アンラッキーな人生を送らねばならないのか、のろってものろいきれない、自分への後悔が、受け止められない程に、蓄積していたのではないかと思う。飲んでしまって、すべて、おじゃんになった。
 しかし、そんなトミーが、お酒をやめようとがんばったときの事を、私は知っている。こんな、凛々しい人がいるだろうかと思うぐらい、彼は、すてきだった。
 トミーは、身震いがする程がんばっていた。
 そして、いつか、その緊張感から、逃れるかのごとく、また、飲んでしまった。軽く、いっぱいのつもりが、まえより、ひどくなって,元に戻っていった。いつもの事ながら、お酒に消えて行くお金の事で、よく喧嘩をしたものだ。私は、どんどん、疲れて行った。もう、へとへとだった。お酒のためのお金を渡すのが、気が狂いそうなくらい嫌だった。ある日の喧嘩でトミーは、私に、暴力を振ってきた。
 私が、もう、終わりにしようと決めたのは、このときだった。
 そして、着の身着のまま、サックスと最低限の身の回りの着替えだけ持って、私は、友達のところにかけこんだ。
 このとき、すでに、カンセリングは、受けていた。トミーに監禁されたとき、とにかく、自分の身の安全が、一番大事だからと、カンセリングの先生は、なんとか、そこから脱出するように電話で、指示してくれた。警察を呼ぼうかとも言ってくれたが、警察の世話だけには、なりたくなかった。いくらなんでも、それだけは、嫌だった。そうなる前に、離れられたら、離れたらいい。それが、お互いのためだと思った。
 友達のところにお世話になって、これから、いったい自分は、どうなって行くんだろうという感じだった。もう、なにもかも、無くなってしまったように思った。ところが、かえって、ほんとうに何も無くなって、かえって、すっきりしたような部分もあった。失うものが何もないというのは、これから、得るものばかりだと言う事だから。
 私は、もう、トミーが、私から、飲むお金をせびりにこないだけでも、すごーく気が楽だった。
 
 あれから、もう何年経っただろう。早いものだ。あのとき、トミーと別れてなかったら、私は、今頃どうなっていただろう。
 
 トミーは、あれから、サンラのバンドに入って、また、ノンアルコールでがんばっていた。ある日、カンセリングの先生に私と会いたい連絡して来て、会った事がある。そのときも、トミーは、かっこ良くて、顔がしまって、凛々しくて、すてきだった。だけど、そのまま、いっしょにいたら、また、お酒に戻って、不安になるかもしれないので、とにかく、距離を置いて、トミーの様子を見守ることにした。もう、恋愛はこりごりだと思ってたし。
 誰にも、恋されなくても、全然大丈夫だった。誰にも、恋したくなかった。
 じっと、しっかり、自分とゆっくりつきあいたかった。他の誰とももうつきあいたいと思わなかった。

 そんな、いろいろなことが、あって、バリーを聞きに行くときは、この20年間の諸々の思いがよみがえる。バリーは、私が、トミーとつきあっていた事も、知っていて、20年程前からの私を知ってくれている。
 私も、バリーを影から、見守っていたい。どうか、長生きしてくれますように。

 
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by swingmasa | 2007-07-21 22:21 | あれから