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交通事故

最近、日記といえば、調子悪い時ばっかり書いてたが、ちょっと、体調が落ち着いてきたので、久々に書こうと思う。
 人生始まって以来の体調の悪さが、1月(NY)2月(中旬から大阪)3月と続いた。よくなったり、また、悪なったりの繰り返しで、精神的にもだいぶまいった。
 3月も下旬、なんとか、体調も落ち着いてきて、New Yorkに戻る準備をしていた、ある日、なんと、私は、またしても最悪の事体、交通事故にあってしまった。
 今年は、厄年かと思う程だ。
 私は、運転が好きだが、毎回、どうか、交通事故にだけは、あいませんようにと、ちょっと、交通安全のお守りに手をあわせてから、家をでるようにしている。
 しかし、この日は、ちょっと、変だった。同じようにして出たのは変わりはないが。
 途中で、下車して、よったところに、Keyを忘れてきたーと思っていた。だって、いくら、ポケットも、鞄を探しても、出てこなかったのだから。
 それで、知り合いと待ち合わせていたが、いけなくなり、電話したら、自分の車を乗ってきて、待ち合わせの場所に来ていいというので、そこから、近くに住んでいる娘さんにKeyをかりて、彼女の車を運転し、その場所まで行き、まずは、其の人との、用事は、なんとか、こなせた。
 そして、いろいろ、話しているうちに、チャリンとKeyの音がし、何回も探したはずの鞄の中から、Keyがでてきた。無くした時は、殺気だって、必死に探したのに出てこず、今になってでてくるなんて、狐につままれたみたいだった。ま、でも、なんとか、自分の車のところまで戻れば、帰れるので、ま、いいか、人生こんなこともあるわなと、その日のハプニングは、それで、終わると思ってた。
 夜は、『玄骨』で夕飯食べて、いこうとこの日の『玄骨』の最初のお客さんになって、おいしく食べて、出てきた。
 そして、いつもなら、まがって、309の大きな道をとおって帰るところを、何故か、また、お昼、Keyを失ったあたりの ジャスコの前の道202をそのまま、曲がらないで、マッスグいってしまった。この辺が、いつもと違う道を使っていたので、なんか、変な感じだった。
 ジャスコの次の交差点で、赤信号で、止まってた。お昼頃は、ちょうど、Keyを失って、メチャ焦ってた、あたりだった。
 私は、調子良く、鼻歌まじりで、赤信号を待っていた。
 と、そのとき、ガツーンと激しい衝撃と共に、車が、前に動き、前の車にぶつかっっていった。
 私は、何がなんだか、わけがわからず、ずっと、ハンドルを握りしめていたが、まもなく、前の、車のおじさんが、車から出てきて、私に、モンクをいいにきたようだったが、私も、後ろから、あたられているのを見て、私にいうのは、やめにしたようだった。そして、次に、あたった、後ろに、兄ちゃんが、大丈夫ですかときいてきたが、「わかりません。大丈夫じゃないと思います」というしかなかった。
 とにかく、びっくりしすぎて、何がなんだかわけがわからなかった。
 そして、それから、私は、その次にまだ、あう人がいてて、そちらに行くのが、いけそうにないので、電話を入れた。
 そしたら、電話の相手、よく、演奏させてもらってる、La Forestaのマスターに、「今、交通事故にあった」といったら、落ち着いて、対処するよう、いろいろ、いい支持をしてくれた。
 体丈夫な気がしても、後で、いろいろ、体調に出てくるから、とにかく、パトカーと救急車を呼んでもらうこと。病院に行って、診断書をもらってくること。診断書がないと、追突した本人も保険が下りないので、大げさなようでも、そうした方がいいとの事だった。邪魔臭いなあと早く帰りたいなあと思ったが、だんだん、頭痛がしてきて、やっぱり、みといってもらった方がいいなあと、自分でも思うようになった。
 いうまでもなく、追突した、お兄さんが、今、警察と救急車を呼んでますといってくれた。
 救急車が来た。車をおいて、救急車の方に移動。あ、そうだ、お母ちゃんとお父さんに知らせておこうと思いだし、電話した。
 「今、交通事故にあって、これから、救急車で、病院に行くねん。」といったら、母が、また、びっくりして、かわいそうに、とても、心配してしまった。あーいわんとった方が良かったかなと思った。が、いずれバレるし、車誰かにとりにきてもらわないと困るので取りあえず、報告。で、父と姉が2人で、とりあえず、病院にきて、そのあととりにきてくれる事となった。
 が、救急車でいく、病院がなかなか、決まらず、その間、メチャ寒かった。事故のショックで、体がガクガクして、寒さでガタガタ震えた。早く、なんとか、暖かいところへ連れて行ってもらいたかった。
 ほんの近くに富田林病院があるのに、断られ、何件も断られて、聞いた事も無いような病院に行くことになった。
 何故か、その病院は、姉が知っていて、私が運ばれて、すぐ、来てくれた。
 ムチウチだったのか、首のレントゲンをとって、異常なかったので安心してかえった。
 緊張しすぎたせいか、その夜は、風呂にも入らないで、ま、風呂に入る元気などなかったが、即、ベッドに入り、ずーと、次の日の昼まで、寝ていた。
 次の日、車を見たら、大きなへこんだ箇所が、前と後ろと2カ所あった。
 そのへこみをみて、冷やっとした。
 警察に事情調書をとりに行く途中、また、道にデパっていた石にぶつけてしまい、運転するのが、ちょっと、怖くなった。へこんだ車に乗るのもメチャスリル満点で、こわかった。
 そして、次の日フライトでNew Yorkに戻ってきた。3月の28日
 よっぽど、帰りを遅らして、もう、一回ぐらい診察受けとくべきかなと思ったが、変更不可のチケットで、9万円ちょっとがパーになるのが惜しくて、無理して、帰ってきた。
 事故った、お兄さんは、なかなか、誠実で、最後まで、丁寧で対応してくれて、攻める気は全くなかった。
 私が、逆だったら、あんなにしっかり、できただろうか。おどおどしてしまい、気が舞い上がって、大変だろうと思う。相手の立場に立ってみて、想像したら、冷やっとする。事故った方が大変だよな。あたられた方は、怪我さえしなきゃ、車がへこむぐらい、保険でなおしてもらえば、それですむが、事故ったら、そんな事ではすまないからな。くれぐれも、これから、ずっと、安全運転を肝に銘じて、無理な運転は、しないでおこう。
 菓子箱をもらった。飛行機の中で食べたらええやんとお母ちゃんが、空けて、いくつか、自分の作った、おにぎりといっしょに持たしてくれた。
 私は、もう、今年49歳にもなるというのに、82の母に、小さい子供の時のような親子関係をさせてもらっている。86の父は、さっと、何もモンク言わないで、姉と一緒に病院まで駆けつけてくれて、私の車を運転してつれて帰ってくれた。
 はっきりいって、私は、幸せ者だと思う。昔は、わからなかったが、今は、しっかり、両親の私に対する愛情を感じる事ができる。
 
 交通事故にはくれぐれも気をつけたい。大阪に戻ったら、あの車、また、天川の弁財天の宮司さんにお祓いしてもらいにいこうかな。。。
 
 どうか、みなさんも、交通事故には、くれぐれも気をつけてください。
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by swingmasa | 2008-03-31 16:02 | 感想

高橋尚子のマラソン

 今日は、高橋尚子が、名古屋女子マラソンに北京オリンピックの切符をかけて走るというので、テレビにクギ付けになって、レースを見ていた。母と一緒に。
 なんで、こんなに、高橋尚子を応援したくなるのか。勝ち負けのはっきりする、スポーツそのものが大嫌いな私のはずなのに。昨日から、ドキドキしていた。なんとか、彼女に勝たしてあげてくださいと、神さん祈っている私がいた。
 何年か前の東京国際女子マラソンで、負けた、レースも見ていた。また、その負けを取り返し、優勝した、東京国際女子マラソンも見た。そして、そのあと、3位に終わってしまった、東京国際マラソンみていた。
 負けを取り戻した時の東京国際女子マラソンは、本当に嬉かったし、高橋尚子といっしょに泣いていた。
 気がついたら、彼女のファンになっていた。彼女のマラソン人生と、自分の何かをかさねあわしていた。しんどくて受け止めがたい厳しい人生の現実を乗り越え、自分の気持ちにまっすぐ向き合い、夢を背負って走る高橋尚子を気がついたら、心から応援していた。それは、私も彼女のように生きてみたいという自分自身への応援を意味することでもあった。私も、自分の夢に勇気を出して、なりふりかまわず邁進していきたい。まさに、彼女の夢は、多くの人の夢でもあったのだ。
 高橋尚子は、みんなに優勝する事を、期待され、果たせなかった。
 とても、残念だった。なんとか、彼女に優勝してもらいたかったが、もう、無理だとわかった時、せめて、彼女が競技場のトラックに戻ってくるまで見届けたかった。が、それを見届ける事無く、時間切れで、番組は終わってしまった。
 優勝はできなかったが、できないからといって、途中で棄権する事無く最後まで走った、高橋尚子のスポーツマンシップに、多くの観衆がまた、感動し、大きな声援を送ったのだろうなあと思う。
 泣きたい気分だけど、なによりも、一番泣きたいしんどかったのは、高橋尚子だったろう。だいぶ、遅れたけど、途中で、投げ出さないで、最後まで走ってくれて、それだけでも、大きな、勇気を人に与えたのではないかと思う。
 私は、高橋尚子には、もっと走ってもらいたい。
 優勝にこだわらなくてもいいんじゃないかと思う。
 優勝しなくても、多くの人の思いを背負って、彼女が走るだけで、それだけで、私は充分、感動するし、多くの人々を感動させるオーラが彼女にはあるように思う。
 Qちゃんって、マラソン選手なのに、人々に大きな感動を与える不思議な力をもっった人だと思う。他の選手なら、何とも思わないが、私にとって、彼女は特別だ。
 柔ちゃんの田村亮子とか、大嫌いだが、高橋尚子は、負けても好きだ。
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by swingmasa | 2008-03-10 01:24 | 感想