講演録「私とカウンセリング」(7) FemiーPalニュースから

ニューヨークに行ってから3年目ぐらいに、久しぶりに日本に帰って帰国コンサートをやりました。その時に、私に大金が入ります。ニューヨークに行く前、大失恋の後に住んでいた部屋を私名義でいたんですが、そこが立ち退きになっていたんです。立ち退きの話は、ずっと前から持ちあがっていたんですが、そんなことはほったらかしにして、私はニューヨークに行っていました。周りの立ち退きは全部進んでいて、私のところ以外は全部立ち退いてました。私のところだけ、私の名義で借りてた分だけが残っていて、大阪市が私を探していたそうです。家主さんが、店子としての私の立ち退き料を預かってくれていて、戻っているならを渡したいということで、ポンっと何百万かの立ち退き料が私に入って来ました。

まるっきり棚からぼた餅のお金でしたが、今度こそはもっといい使い方をしたいと思いました。それまでそんな大金を持ったこともなかったので、これだけのお金が入ったんだけどという相談をカウンセラーにしました。相談の結果、Jazzの学校に行ってみたらどうだろうということになりました。それまでも、行きたいとは思っていましたが、自分の収入では、大学に行く授業料はとても出せないので、あきらめていました。あきらめてはいたけれど、jazz学科のようなところに学びに行けたらいいなあというのが、自分の深い所にはありました。それで、たまたまお金もできて、先生の後押しもあったのですが、そのときの私には、今から大学に行く3年間というのが、すごく長く感じられました。遠い向こうのことのように感じて、現実のこととして考えられませんでした。

グリーンカードや永住権の申請もそうなんですが、3年から5年かかるとか聞くと、そんなにかかるのかといやになっていました。3年という時間がすごく遠いことのように感じられて、そのためになかなか決断ができずにいました。そのときに先生が、一生Jazzサキソフォーンプレイヤーとしてやっていく中での、2、3年はすごく短いし、そうでなくても2,3年なんてあっという間に経ってしまう、その中で得た知識や技術は、全て私自身の身につく財産で、人に取られることもない、邪魔になることも絶対にないと、アドバイスしてくれました。「Jazzという音楽をやっていくのに必要な基礎や理論を知らないで、はったりだけでやっていけると思いますか」と。
それまでも、Jazzサックスの先生についてプライベートレッスンは受けていました。そうやって勉強はしていたんですが、理論も含めてきっちり習いたいという気持ちはありました。そんなことを考えていたら、先生に「だめもとでオーディションを受けるだけでも受けてみたらどうですか」と言われました。

先生はいつも私に「最初から行けると思わないで、だめもとで、何でもやってみたらどうですか」と言っていました。それは私にとってはすごいむずかしいことで、やるとなったら絶対通りたいと、そんな風に思ってしまうほうでした。今は「だめもと精神」というのはほんとに大事だと思っています。この「だめもと精神」は私がカウンセリングを通して得た、すごく大きな財産だと思います。
その時も、「だめもと」で受けてみました。だめもとと言っても、私なりに、必死で練習をしました。めちゃめちゃ練習しまくって、熱が出るほど練習しました。当日にも熱を出してしまったんですけど、練習というのはすごいもので、練習したことは熱が出ていても、オーディションの場でできるんですね。ふらふらしながらも、練習したことはオーディションで発揮できました。これであかんかったらもうしゃあないなあと思って、その日は帰ってきました。何日かして、「来てください」という手紙が来て、私が一番行きたかった、ニュースクールユニバーシティーのJazzアンドコンテンポラリーミュージックに行くことになりました。

なんだかんだと通算3年ぐらいそこで学びました。やっぱり、プライベートレッスンだけを受けているのとは全然違いました。こんなことも知らんかったんかということがいっぱいありました。私は、自分のことをJazzミュージシャンってなかなか言えなかったんですが、Jazzミュージシャンというのが恥ずかしい、Jazzをやりたいと言うのも恥ずかしいぐらい何にも知らなかったというのが、その大学に行って分かりました。

向こうの大学は厳しくて、ちゃんとしたレベルに達していないと卒業させてくれないんですね。入るのは、わりと簡単に入れるんですけど、簡単には出してくれない。なかなか入れなくて、入ったら誰でも卒業できるという日本の大学と違って、門戸は開かれているけど、卒業するのは結構大変という感じでした。2年から3年にあがるときに、テストがあるんですけど、それに通らなかったら3年に進めないんです。どんなテストかと言うと、レパートリーにスタンダード曲を10曲を選んで演奏をする。全部メモリーして、試験官にどの曲を指定されてもできるようにしておかなあかんのです。その他に3曲ほどオリジナル曲も演奏できなければいけない。それもどの曲を演奏するように言われるかは、その時になってみないと分からないので、どれもちゃんとできるようにしとかなければいけないという、そんなテストです。それを通過しなかったら、さっきも言ったように、3年には上がれません。
その試験がきついんですよね。ちょっと演奏できる程度のものではなくて、その曲を、裏からも表からも、全部理解して、どういう茶々が入ってもたじろがないで、演奏できるところまでいかないとダメなんです。試験官は、その時、大学が選んで来た第一線のJazzミュージシャンです。外で活躍してはるJazzミュージシャンが試験管になる。そしてその人たちが、この人はJazzミュージシャンとしてやっていけるかどうかを判断、採点します。この3人の試験管がOKを出さないと通らないんです。

それを通過するの結構大変でした。すごくきつかったんですけど、そのためのプライベートレッスンを受けるというアドバイスもカウンセリングの先生がしてくれました。理論の授業も全部英語で苦労したのですが、先生も、シティカレッジの心理学を英語で受けはったので、その苦労を良く分かってはる。それでどないしたらいいのかというのを教えてくれました。たとえばちゃんと録音しておくとか、分からへんところは、お金出してでも、その教えてはる先生のプライベートレッスンを受けて、分かるようにするというようなことです。私は英語がそんなに得意ではなかったので、分かれへんこともたくさんあったんですけど、とにかく先生に教えてもらった「だめもと精神」でやっていきました。分からないところは、プライベートレッスン料を出してでも、聞いて、教えてもらって、補充して行くというやり方で、なんとか卒業まで漕ぎつけることができました。

(続きは明日
<大切なのはセルフ・エスティーム>と<引っ込み思案のサキソフォン・プレイヤー>)
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by swingmasa | 2011-07-11 00:17