(⌒▽⌒)87歳の誕生日(⌒▽⌒)

昨日は、我が母の87歳の誕生日だった。いつものように一品持ち寄りで、バラバラになった旧家族が再び集まった。
両親が80歳を過ぎて、いよいよ残された時間が、少なくなったのを感じて私が姉2人に、時々旧家族で食事会をするように、持ちかけたら、2人共同じように感じてたらしく、この会は結構続いている。
私達が、この家族構成で、純粋に暮らせたのは、祖父が死んでからの、姉が嫁ぐ迄のほんの半年程だった。
私には、姉が2人いる。2人共普通に結婚し、それぞれ2人ずつ子供がいる。
しかし、この旧家族の食事会では、それぞれの家族(夫、子供)は遠慮してもらっている。そのせいか、両親は、本当にリラックスして、何機がねする事なく実に和んだ雰囲気が一貫して流れ、話しが尽きなくて、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
私達、娘3人は、と言ってももう、姉2人は、孫もいる婆さんと呼ばれる存在になっているが、いつまでも、両親が元気でいてほしくて、それだけを一心に願っている。
全くありきたりだが、この旧家族でいる時に感じるこの気分は紛れもなく、「幸せ」と言うものだ。
私達家族が、いっしょに暮らすような事は、これから先もずーっとないと思う。私達は、バラバラになりながら、時々こんな風に集まり、遠い昔に味わえなかった、家族の親睦を深め、あの時感じれなかった家族の絆を、随分大人になった今、やり直しをするかのように、取り戻す作業をしているようにも感じる。
この旧家族の食事会から私がいろいろ感じ、学び取っている事は大きい。
ありきたりではあるが、このだんらんの何気無い語らいから、両親の自分に注がれている愛情を深く感じる。
私は、これを肥やしにこれから先の人生、何が起こるかわからなくて不安なのだが、何とか生きていけるような気がするのある。
愛情なんて言葉、照れ臭くて仕方ないが、この2人(両親)は、惜しみなく私達に注いでくれているのがよくわかる。
この愛されていた感覚をしっかり記憶に残しておきたい。私のやっているJAZZにも強く繁栄されるだろうし、何より人に優しくなれたり、思いやったりできるのも、こんな風に自分が大切にされたからできる事だ。
自分を大切に思ってくれる人がいるという事は、幸せな事だし、それをかんじれるという事が幸せだ。
取り分けこの人達(両親)は今、私が人生で何も成し遂げれ無くても、元気でいるだけで喜んでくれる。
互いの元気な姿をできる限り長く見続けたいものだ。
いつかその日がきても、後悔のないよう、この2人の人となり、生き様を今のうちにしっかり、感じておこうと思う。
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by swingmasa | 2012-12-07 19:21